’13,7,11〜12 富士山


 話のはじめは20年程前、今でもずーっと仕事を貰っている設計会社のTさんに「富士山行こうよ」って誘われました。山とかアウトドアーには縁の無さそうなTさんが、なぜに富士山なのかはよく解りませんでしたが、当時自分も富士山は登った事無く是非って感じで行って来ました。しかし、その時は悪天候により八合目にて撤退、その後スキー仲間とスキー担いで何度か登り、お釜滑ったり、滑落したり、針山修行したり、楽しい思い出と苦しい思い出半々、そして、自分的には富士山はそれでほぼ終わった山でした。ましてや夏の富士山なんて、、たとえ世界遺産になろうとも、富士山がよーく見える山に登って眺めた方がよーっぽど良しな感じでありました。でも、実はTさんの富士山は終わってなかったって知ったのは最近でした。20年間、何度か挑戦したらしいですが、いずれも高山病と天候に阻まれて頂きを踏んでないと言う。そうなんだぁ、、。Tさんには仕事で30年並々ならぬ世話になって、うちの子供や犬はTさんのおかげで育てられたようなもんであります。よし、今年はTさんを絶対に富士山の頂きに立たせよう。そうだ、それがいい、そうしよう。

 前書きが長くなりましたが、そう言う訳での夏の富士登山であります。決して世界遺産になったからというミーハーな気持ちからではありません、、少しあるけど^^。






 7月11日、天候晴れ、下界は猛暑日、富士山は夏日。富士吉田口よりの入山、平日の所為か人少なめ、、きっと。出会った犬2匹。





















 初日は八合目までののんびり登山。標高差600m程を6時間ぐらい掛けて登ったと言う超スローペース。スキーならとっくに山頂に着いてお釜滑って登り返してる時間なんだけど、それはそれ、今日はここ蓬莱館にてお泊まりでした。着いてすぐベッドに案内されて、夕食の時間と明日の出発の時間を聞かれたんで、夕食は普通に6時ぐらいで、出発は朝飯食べて8時ぐらいでいいんじゃなぃ?って言ったら、チェックアウトは朝6時ですって言われた。えっ?何それ?。普通の山スキーの感覚で考えたら、いや、スキー無しの普通の感覚で考えても、あと標高差800mも無いんだし、8時に登り始めりゃお昼までには着くではないか。でも、そこが富士山の普通では無い所だった。つまり、富士山登る人って100人中99人(1人はトレラン)、小屋泊まりの人は100人中100人が御来光を見る為に登るんだそうな、、いや、恐ろしい。ヘッテンで山下った事はあるが、最初からヘッテンで登った事は無い。でも、Tさんは最初からそのつもりだったようだ、、明日は1時起きかぁ、寝よう。


























 結局1時半に登り始めて、途中九合五尺ぐらいからのオームの群れの如くな渋滞は脇をごぼう抜き、3時間程で外輪部に着きました。そこで御来光、山中湖に映る御来光がとっても感動でありました。そして、時計回りにお鉢を1周、Tさんを日本最高峰富士山剣ケ峰の頂きに立たせ、20年間の思い成し遂げる事出来ました。良かった良かった。さて、下り、長いんだよなぁ、スキー無いし、歩いて下らねば、、。
















 夏の富士山はとっても面白い山だった。山自体は岩と砂礫とコンクリ要塞しか無く、景色も何も無いんですが、登る人が面白い。通常の山で多く見られる休む度にノートに分単位でタイムを記録する人が一人も居ない。つまり、山屋さんがおらん^^。外人の割合が3割4割、そのうち欧米系の割合が8割、つまり白人だらけ。CNNもいたし、ストリートビューも居た(写ってるかな?^^)。山ガールも佃煮にするっくらい居たけど、その服装っていうのが100人中100人長袖アンダーの上に半袖Tシャツ、CWX等タイツの上にスカートか短パン、そしてみーんなハット、ほんとに100人中100人がハット、、山雑誌参考にしてるんだろうけど、ここまで揃うか?^^。そこいくと外人さんは十人十色、Gパン半々残りは素肌に短パン、上はTシャツやタンクトップのみ、肌の露出多め、裸もいたなぁ、小屋の前でサンオイル塗ってた。山頂でもタンクトップでニコニコしながら震えてるしね。ザックなんて半分は背負ってなかった。ショルダーとか手提げ袋とか手ぶら。実際お金さえ持って行けば、水も食い物もアミノバイタル・ソイジョイ・ビール・珈琲・飲む酸素・吸う酸素・帽子・手袋・ヘッテン・雨具、、、およそ必要と思われるものはみーんな売っている。それも標高100m置きぐらいに山頂までずーっと小屋が店を開けている。あと、どこでもLTEが感動だった(softbankだぜ^^)。

 そんなこんななとっても楽しい富士山でした。20年前に初めて誘ってくれたTさんのおかげです。感謝です。ありがとうございました。

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