その山の麓に、その店はあった。
どこにでもあるような、ごく普通の造り、いつもポピュラー、そしてJAZZが流れていた。
緑と壁いっぱいの本、小説やコミックに混ざり、山渓やビーパルが置いてあった。
MTBが流行り始めた頃から、仲間と、そして夫婦で、また一人で、通った。
ツアーの帰り、わざわざ遠回りして、そこへ寄るのも楽しみのひとつだった。
なぜ、そこに仲間が集まったかと言うと、理由はひとつ、
その店のカウンターの向こうに、いつも久美子さんがいたからだ。
慣れた手つきでドリップ珈琲をおとしながら、不良達のたわいない話を、いつも聞いていた。
自転車や山や雪の話、こんど一緒に行こうと言う誘いに、でも、結局、行く事は無かった。
ある年の冬、久美子さんが病気だと聞かされた。
治療の為しばらくの間、店を閉めると言う。
皆、心配した。早くあの笑顔で店を再開してくれる事を、祈った。
そして、2年半の闘病後、突然、逝った。
梅雨のさなか、雨の告別式、その雨に負けないぐらい、皆、声をあげ、涙を流した。
大好きだった久美子さんの為に。
帰りにその店をのぞいてみた。
あれから一年、麓にあるその店は、今でも当時のままだった、「Close」の看板さえも…。
気がつくとまた雨が降り出していた。
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